●離れたくない
仕方のないことだとは頭ではちゃんと解っていたけれど。 それでも顔を見てしまえば、想いは加速する一方だった。 秀麗と影月の新州牧2人が何とか無事に茶州府に辿り着いて、就任式を行ったのは ついこの間のこと。 忙しく執務をこなしている若い上司に鄭悠舜は目を細めた。 「大変なこと続きでしたのにああして精力的に執務をこなしてくれて、本当に私たちは 幸せ者ですね。」 「ああ」 「今まとめてもらっている『茶州の学術研究機関設立に関する嘆願書』ですが 朝賀の場で直接、主上に手渡したいと思っています。」 「直接? そりゃ相当勇気がいるよなー」 「秀麗さんがその役、適任ですよね。やっぱり、朝賀には秀麗さんに行ってもらった 方がいいですよ。」 2人の州牧補佐の会話を聞いていた影月は、すかさず口を挟んだ。 悠舜は黙ったまま何か考え込んでいたが、納得したように頷く。 「そうですね。私もその方が良いと思います。全商連の支援も取り付けなければなり ませんし、秀麗殿の紅家の力は非常に有効です」 「紅家の?」 「ええ」 にっこりと悠舜が微笑む。 秀麗の脳裏に砂恭の全商連でのことが蘇る。 「わかりました。朝賀には私が行きます。必ずこの案、通してみせます。」 力強い言葉にその場の全員が深く頷いた。 「では、朝賀へは秀麗殿と私、全商連への説明に凛も同行します。それと、静蘭殿には 州牧専任武官として護衛をお願いします。」 朝賀への出発を2日後に控えた夜のこと。 燕青はらしくもなく寝付けないでいた。 寝床で起き上がると深い溜息を零す。 ここ最近の不眠の原因が何なのか、燕青には解りすぎるほどよく解っているのだが 困ったことにそれを解決する方法がわからない。 しかも症状を悪化させる要因がすぐ傍にいるのだから、全く始末に終えない。 「まだ傍にいるうちからこれじゃあ、いなくなったら俺どうなっちゃうんだろうなー」 ぽつりとひとりごちて、もう一度大きな溜息を付いた。 「やっぱここは一つ、こいつの力を借りるかな」 扉が叩かれる音がして、静蘭は反射的に干將を掴んだ。 「静蘭、俺、ちょっと開けてー」 暢気な声に全身の緊張が解ける。 ひょいと顔を覗かせたクマ男に眉根を寄せた。 「何だ、こんな時間に」 「これ」 静蘭の前に酒瓶がぶらぶらと差し出される。 「お前と飲めるのもあとちょっとだしさ、今日は付き合えよ。」 互いの杯に酒を注いで、これといった会話もなく何度か傾ける。 しばらくして、燕青が庭院に視線をやりながら呟いた、 「姫さん、強くなったな。さすが俺の上司だぜ。」 「ああ」 「頼むな、姫さんと悠舜のこと」 「わかっている」 「・・・あと2日だな、出発まで」 「そうだな」 「・・・・・静蘭」 妙に歯切れの悪い物言いに、静蘭は訝しげに顔を上げた。 「・・・俺を置いて行くなよ〜」 「はあ?」 いつもなら何てことない酒量の燕青が、次第にぐだぐだになってくる。 「お前と離れたくない・・。傍にいろよ〜」 クマ男はがしっと静蘭の肩に手を掛けたかと思うと、そのまま体重ごと圧し掛かった。 床に薄紫の糸が広がる。 「お前っ・・このバカっ! どけっ!!」 必死で排除しようと試みたが、一ミリたりとも動かない。 それどころかぎゅうと抱き締めてきた。 「え、燕青・・く、苦しいだろ・・うが・・!」 静蘭の苦しげな声に、やっとクマ男は腕の力を抜いた。 「静蘭・・俺、耐えられねえよ。お前と会えないなんて」 「・・・お前、自分で何言ってるのかわかっているのか? 飲み過ぎだぞ。」 「わかってるよ。仕方がないってことくらい。でも、頭では理解出来てもココが 苦しいんだよ。」 燕青は自分の胸を軽く叩いた。 「お嬢様や悠舜殿の護衛を私がやらないで誰がやるというのだ。」 「わかってるって」 燕青は捨てられた子犬(いや大型犬か)のような寂しげな瞳で静蘭を見つめた。 「・・・いい大人が我儘を言うな。お前、いったいいくつになった。」 「静蘭は俺と離れて寂しくないのか?」 「だから仕方がないだろう!」 「寂しいんだな、よかった〜 超嬉しいぜ〜」 「私がいつそんなことを言った!」 にまにま笑うクマ男を睨みつける。 静蘭だって寂しくないわけがなかった。 ずっと一緒に行動してきたし、彼のおかげで過去の亡霊から何度も救われたのだ。 背中を預けられる唯一の存在でもあった。 そして何より・・・。 「お前をここに引き止めておくなんて無理なことだってわかってるさ。何より姫さんの 専任武官であるお前が、姫さんと一緒に行かないわけにはいかない。 解ってるんだ。・・・それでも、俺はお前を離したくねえ。」 黒髪がパサリと白皙の頬に落ちかかる。 真っ直ぐに自分を見つめる黒檀の瞳に耐えられず、静蘭はふいと視線を外した。 「言ってることがめちゃくちゃだぞ、コメツキバッタ」 「わかってる・・・んだけど・・・・・ごめん、勘弁」 熱を帯びた唇が静蘭のそれを塞ぐ。 蕾を絡め取るときつく吸い上げた。 角度を変えながら深く熱く何度も繰り返され、やがて新鮮な空気を欲したそれは やっと互いを離したのだった。 「静蘭、俺、お前が好きだ」 燕青らしい直球の告白に静蘭は何も言えなかった。 まだ鼓動が早鐘のようで、呼吸も乱れたままで。 それだけじゃない。 「否定しないってことは脈ありって思っていいってこと?」 「な・・!」 ほんのり薄紅色に染まった頬にそっと手を伸ばす。 「ホント、可愛いな、静蘭」 「な、な、ふざけるな、この・・!」 飛んできた拳をがっしと掴んで、ゆっくり床に押さえつけた。 「ふざけてなんかない。静蘭、お前が欲しい。今すぐに。我慢出来ない、俺」 「ちょ・・ちょっと待て、燕青」 だが、一度解き放たれた情欲はそう簡単には止まらないものだ。 燕青は片方の手で静蘭の両手を押さえ、空いているもう片方の手を上衣の中へと 滑り込ませた。 ビク、と痩身が震えて強張る。 「やめ・・」 首筋から鎖骨の窪みへ、燕青は愛撫の紅い華を咲かせていった。 滑り込ませた手の体中を弄る感触に、静蘭はぞわりと全身が粟立つのを感じた。 目の前にいるのは、あの男ではないのに 体に残る感触が、否応なくあの夏の地獄の日々を思い起こさせる。 「・・・やめ・・・ろっっ!」 叫び声に驚いた燕青は、静蘭の顔を見て愛撫の手を止めた。 青碧色の瞳から零れ落ちた雫が、幾筋も薄紫の髪を濡らしていた。 「静蘭・・」 燕青はゆっくり静蘭の体を起こすと、そのままふわりと抱きしめた。 「悪かったよ。ちょっと急ぎすぎた。お前の気持ち、無視してたよな。ごめん。」 抱きしめた痩身は小さく震えていて、燕青は自分をタコ殴りにしたい思いに駆られた。 「忘れちまえよ。瞑祥はお前が殺っただろ。もうどこにもいねえよ。」 ビクン、と体がその名に反応して硬くなる。 「燕青・・・お前、どう・・して・・」 瞑祥との封印したい因縁を、なぜ彼が知っているのだろうか。 誰よりも知られたくない相手だったのに。 静蘭の言葉の意味を正確に理解した燕青だったが、何も言わずただもう一度だけ 抱きしめた腕に力を込めた。 「俺が忘れさせてやる。でも今日はもう何もしない。安心しろ。」 そう言って体を離すと、燕青は屈託のないいつもの笑みを向けた。 燕青は殺刃賊時代のアニキ”短命二郎”から、小旋風の話を聞いていた。 それは、燕青が小旋風と戦って勝利し、褒美として彼を身受けた後のこと。 傷だらけの体に薬を塗りながら、二郎は眉を寄せた。 「ひでえよな。こんな子供相手に。痣だらけじゃねえか。それにこっちのは・・」 不自然に口をつぐむ二郎に、燕青は訝しげに訊ねる。 「何、アニキ?」 「いや・・何でもねえ。子供は知らなくていいことだ。」 「なにー! 俺は13だ。もう子供じゃねえ。気になるじゃねえか。言ってくれよ!」 一歩も引かない構えの子分に、アニキはあっさりと匙を投げた。 「首筋とか胸元とか、足の付け根とかにある小さな赤い痕な、これは叩いたり殴ったり した痕じゃない。所謂、”キスマーク”っていうやつだ。」 「へー、キスマー・・・えええっ! 何じゃそりゃー! だ、誰がつけたんだよ?」 「そりゃ、そんなことすんの一人しかいないだろ。」 「瞑祥・・・か」 そうして、先日14年ぶりに再会した瞑祥の顔を見た時、その時のやりきれない思いが 頭をもたげてきたのだった。 静蘭には黙っているつもりだった。 でも、こんなふうに未だに過去の亡霊に悩まされている姿を目の当たりにすると 守ってやらなければ、と強く思う。 部屋を出て行こうとする燕青の広い背中に、静蘭は声を掛けた。 「燕青」 「ん?」 「もう少し・・・ここにいてもいい」 「ホント?」 「酒をちゃんと抜いてから帰れ。あちこち臭いをバラ撒くな。」 「へいへい」 まったく・・・ 素直に一緒にいてくれっていやあいいのに。 燕青は小さく苦笑いをした。 それから2日後。 静蘭は秀麗の専属武官として、悠舜、凛とともに貴陽へと旅立っていった。 「無事に戻って来いよ」 見送る燕青はひとり小さく呟いた。 <END> |
|
******************************* 作者コメント やっと・・・! やっと!! 2人にチュウを させるところまできました!(笑) なかなか難しいのですよ。ウチの静蘭は。 だってどう考えたって素直に言うこと聞くような タマじゃないでしょ(^^; 次はその先ですが・・・もっと難関だよねえ(爆) (2009.10) |